「駄作」という一言

書き込みを読んで辟易
ミュージシャンの新しいアルバムが出ると様々な所で様々な人たちが好き放題の評価を書いてます。
ブログなんかはそういう個人の発表の場なんだけど、それ以上にスゴいと思うのがmixiの書 き込み。
mixiの手軽さも手伝い、凄い勢いで書き込まれるのを良く目にします。
こういう書き込みを眺めていると、辟易することが多々あります。

なんの説明もなく、一言「駄作だ」、とだけ。

そういうのを見ると「なんだそれ?」と思う。
その書き込みこそが「駄作」だと思うんだけど…。


それは人様に読ませるものですか?
私もブログで楽器や音楽、ライブの批評を書くことが多い。
その判断基準は自分の価値観でしか無いし、私自身にそういう物書きや音楽業界の実績、経験もない。
つまり只の素人。
でも必ず「これこれこうだから、こう思う」と、ブログに書くその考えの理由や考えに至るまでの経緯なんかを書き添え、それを自分の意見のベースとして書いています。
ブログの記事を読んで参考にする人もいるだろうし、もしくは反論したり同調しない人もいるでしょう。時には好きなものを批判されて気分を害する人もいるかもしれない。
こんなブログでもそんな風に色々な人たちに読まれ、感想を持ってくれるんだから、そこにはしっかりと理由や思いを綴るのが大事だと思います。
人に読まれる場所に公開する以上「人に読まれる事を意識して」書くべきだと思っているんです。

それが、さっきのmixiで良く見る非常に短い批評…というか感想?は、ただ自分の感情を書きなぐっているだけに見えて仕方がない。
読んだところで、何の参考にもならないし面白くもなんともない。
これが、人様に見せるものか?と思えて仕方がないんです。

料理の紹介とかで、ただ「美味しいです」だけじゃなんだかわからないでしょ。
「甘くて美味しい」のか「熱々で美味しい」のか。
そういうのを添えて書くのが意見や思いってやつで、ただ「美味しい!」だけじゃ、ただの気持ち、ですよね。

自分の嗜好と品質の善し悪しは別でしょう
好きか嫌いかそんな自分の好みだけを基準にミュージシャンの作品を「駄作」なんて言い切る無神経さが恐いですね。

良いか悪いかなんて、突き詰めればただの好みでしょ?
ポルシェとかフェラーリみたいな凄いレベルのスポーツカーだって、そういうレース系の車が好きな人には”夢のような憧れの車”でも、年老いた両親と子供達が一緒に移動する必要があるような家族には、とても使いにくい車でしょう。(まあ、これは好みというより、その人たちの状況の違いですが)
家族にはワンボックスカーとかワゴンなんかが好かれていると思います。
それを、なんの根拠も無しにワンボックスが好きだからと「フェラーリは駄作だ」と言っているのと同じじゃないでしょうか。

つまり、そういう表現は子供のそれと同じなんですよね。

自分の気持ちを露出したい “だけ”
「見て見て」「私の事を構って!」っていう感情の現れ。
自己顕示欲っていうのかな。
自己顕示欲自体を批判する気はないです。
私がブログにこうやって書いている事自体も、自己顕示欲の現れだと思っているから。
自己顕示欲云々じゃなくて、”自己顕示欲だけ”で書かれた文章が困ったものだと思っています。

自由という言葉の履き違い
ここでインターネットの話に変わります。
インターネット上で何をするのも自由だし、mixiで何を囲うと個人の勝手だという人も多数いるでしょう。
これは昔からある議論だけど…。
私はその考え方に真っ向から反対します。
インターネットはすでに現実社会の公道と変わらないレベルになっていると思っているんです。
現実社会でも、公道で何をするかは原則自由かもしれない。
一応公道の使い方にルール(法律)はあるでしょう?
デモ行進をする時には警察に届けなきゃいけない、とか。
駐車禁止やスピード制限もルールですね。

どういうルールがあるか、私は詳しくは知らないよ。
それでも知らないなりに考えているから、概ねそのルールには沿って公道を使用してきたという自負はあります。
もしくはルール違反だけど、迷惑を掛けない程度とか(苦笑)

大きい駅の前でよく見かけるストリートミュージシャン。
上手い人もいれば、すごく下手な人もいる。
正直「まだ人に聞かせるレベルじゃないでしょう…」なんて人も少なくない。
この上手い人は人前で演奏しても良くて、下手な人は人前で演奏して欲しくないっていう考え方は、前述の”個人の好み”の好き嫌いと話が違うと思います。
練習を重ねた人の演奏は、たとえそれが嫌いなジャンルの音楽だとしても、人の心を捉える事が多々あります。
練習もそこそこに下手なまま町で演奏するその音は、誰の心も掴まないし、何も伝えない。
それどころか、不愉快に思う人が大多数いるだけじゃないのかな。

話を戻しますが、
たった一言の「駄作だ」って発言は、この練習不足な演奏と一緒ですよね。
ただただ不愉快なだけ。
ギターのコードが一つも押さえられないのに、道に出てギターをかき鳴らし演奏している人と同じかな…と思っています。
ちゃんと書けないなら、書いて欲しくない、と。

誰にでも好かれる音楽が良い音楽じゃない
最後に。
ミュージシャンもアーティスト(芸術家)だと思う。
音楽はビジネスだけど、やはり芸術性も大切。
芸術として考えると、利益を追求するだけでは良い音楽って生まれにくいと思うんですよ。
売れる事だけを考えたら万人受けの平均点を狙った感じになるでしょう?
でも、そういうのって案外あまり面白くないですよね。
平均点だからつまらないという、当たり前の結果。

やっぱり個性があってそれを売りにしている訳で、そうなると誰でもが好きな音楽じゃなくなる。
世に売れているビックネームになればなるほど色々な人が聞くから、同じ曲でも凄く好きになる人も出てくるし、凄く嫌いに思う人も出てくる。
ミュージシャンは、それで良いと思っているはずですよ。

200人の「まあまあ好きです」って言ってくれる人より、
100人の人が大嫌いだと言い、他の100人の人が熱烈に好きになってくれたら、きっとそっちの方が嬉しいしね。

そんな事も考えずに「駄作」だとか「○○も落ちぶれた」とか書く人たち。
それは駄作でもなく落ちぶれた訳でもないんじゃないですか?
それよりも、あなたが変化したミュージシャンの指向から外れたのではないですか?

ゆっくりと考える事を大切にしたいですね
とにかく最近の書き込みは乱暴な一言が多い。
ゆっくりと考えをまとめたり、モノを書いたり説明したり。そういう事が出来ないという事の現れなのかな、と思っています。

大げさかもしれないけど、巷でおこる悲惨な事件の「キレる」人たちを見ているような気分です。
こんなにダラダラと長く書いた文章も、そういう方々には読まれないんで、そういう意味でこのブログは意味が無いんですけどね(苦笑)

インターネットの情報って、いつの間にか無駄な情報の方が多くなっちゃいました。
何かを検索しても内容がない情報やアフェリエイト(広告収入)を得るための偽のサイトがたくさん出てきて、探したい内容に行き着けない。
これを使い難く思っている人もたくさんいるでしょう。
検索するのにコツがいる、という状況。

とてつもなくバカデカい書店で、ほとんどつまらない本ばかり。
その中から面白い本を探すのにコツがいる、という状況。
そんな本屋は相当使いにくい。
インターネットをそんな本屋にしてしまっているのは、考えなしの書き込みだと思います。
自由を上手く使いこなすには、相当のスキルが必要ですね。

長々とお読みいただいて、ありがとうございます。
つまらない事を、こんな偉そうな事を書いて、これも駄作なのかな?と思いつつ、アップしちゃいます(笑)

3コメント

  1. おはようございます。

    とても絶妙なコラムです。
    すごいなぁ。。
    読みいりましたよ。

    特にインターネットがもはや公道の
    件は同感です。

    ボクの別blogからLINKかけていいですか???

  2. そーゆー事をしっかり解りやすく、ブログで表現出来るメックを素敵だなーと、思いました(笑)

    で、7感サイトに便乗ブログしてしまいました(笑)
    いー表現が沢山読めて感じ入りやしたよ(^-^)v

    さすが長老♪
    長生きしてくれ(笑笑)

  3. WAVYさん
    ありがとうございます。
    LINKももちろん、かまいません。
    ぜひ、よろしくお願いします。

    yass
    これを携帯で読んだの?
    すげー。
    その根気に敬意を払います!

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